【留学生ブログ/インタビュー】#10 Mayo in Adelaide

今回のブログはMayoさんの最終ブログとなります。Mayoさんは先日既に約一年間の英語×ラクロス留学が終了しました。
今回のブログはMayoさんの1年間オーストラリア留学の振り返りを一緒にしていきたいと思います!

まず先に、1年間で英語力は伸びましたか?何か体験談などあればそれも教えてください。

もちろんイエスです!

来た頃に自分がどんな英語をしゃべっていたか、既に覚えていないのですが、着々と伸びていたのは確かで、ある時期になって突然、自分の英語が伸びているのをはっきり感じました。

それは、こちらに来てから、八か月経った頃から、急にオーストラリア人のチームメイトや友達、初対面の人から、英語すごい上達してるねとか、英語上手いねと言われることが急に多くなったことです。

ある初対面の方には、よく英語が話せるから、アメリカ系のハーフかと思ったよ、とまで言ってもらえたことがあって、お世辞だろうが英語力でハーフと言われたことはなかったので本当に嬉しかったです!アメリカ系と言われたのは、自分の発音に映画等の影響でアメリカ発音寄りの英語が割と多く混ざっているからだと思います。

英語が使えるようになって、話せるようになるまでのステップはどのようなものでしたか?

ここまでがむしゃら過ぎて、どのようなステップを踏んできたのかなんてわかりませんでした(笑)

ただ、私の場合はリスニングが伸びたと思ったら、スピーキングが全然伸びてない気がして、今度スピーキングが伸びたと思ったら、リスニングが伸びてない気がして、、と短期間で繰り返し感じながら、知らぬ間に交互に伸びていったと思います。

今では、考えなくても 自然とサラサラ出てくるフレーズも増えましたが、とにかくチームメイトや、友達、先生や映画などでネイティブの英語をまねて、日常で実際に使うようにしてたのは絶対にやってよかったことです。

リーディングやライティングに関しては、一貫して右上に伸びたと思います。それもすべて、あのスパルタアカデミッククラスのおかげだったと思います(笑)

Mayoさんはこの1年間どのように過ごしてきましたか?

来た当時から年末にかけては、何もかも新鮮でとにかく学校が終わったらどこかへ出かけたり、アデレードは何かとイベントの多い街なので、週末はそのような様々なイベントに参加したりして楽しんでいました!

11月ごろから既にインドアラクロスの方にも参加しており、個人的にジムやランニングなども定期的に行って過ごしていました。自分の自由な時間がたっぷりとあったのと、他国の友人と話したりして、自分が知らなかった世界や文化を知る瞬間が多かったので、毎日とにかく楽しくて仕方ありませんでした!

年が明けたころには、オーストラリアの生活にもすっかり慣れてきました。英語のレベルが上がることによって、授業課題も増え、難易度もいっきに上がったのと、新しいことに興味がわき、やるべきことが増えました。ホームステイからシェアハウスにも移動していたので、最初の三か月とはまったく違う日々をおくっていました。アサインメントに追われてオールするのもしょっちゅうで、きつかったので、日本が少し恋しくなっていた頃です(笑)

二月の中旬には、所属するチームも決めて、参加し始めていました!ある意味、新しい環境ではありましたが、ただ楽しいだけじゃなくて、毎日学ぶことがありながらの必死で充実した毎日でした。

四月には、シーズンもスタートして、自分の身の回りのことで日々、相変わらずやるべきことも多かったのでとにかく時間管理に心掛けていました。最初は苦労していたエッセイも余裕をもって終わらせられるようになったので、すごい成長したと思います。

そしてそんなバタバタ生活を送っているうちに、気づけば八月になっていました!(笑)

次にラクロスについて。日本でのラクロスとオーストラリアでのラクロス。何か違いはありましたか?

1番大きなギャップを感じたのは、ラクロスに対するスタンスです。日本では、大学の部活に所属していたので、真剣中の真剣に活動しており、毎日がラクロス漬けのラクロス中心生活を送っていました。

しかし、オーストラリアでは幼い頃から大人になってまで長く続ける人が多いように、趣味として何かと両立しながら続けることが出来るのがラクロスです。年齢層は幅広く、でも上下関係は関係ありません。

年齢層が幅広いぶん、日本より人それぞれプレーのバリエーションは豊富だと思います。クレードルも年齢層によって変わっていると感じることもありました!

スタンスが変わると楽しみ方も変わってはきますが、日本だろうとオーストラリアだろうと、ラクロスが楽しいに変わりはありません!

現地でのラクロス、正直、活躍できましたか?

正直最初っから活躍するのは難しかったです。もちろん最初から、やる気満々で挑みましたが、オーストラリアでの経験もまだ浅い私が、長年一緒にプレーを共にしているメンバーの中に、自分のプレーを馴染ませるのは簡単ではありませんでした。

もともと日本ではATよりのMDでプレーしていましたが、何より英語でのコミュニケーションでもだいぶ壁を感じていたので、何もかもスムーズにいかないことだらけでした。

しかし、プレーするうちに、オーストラリアのルールも体に染み着き、ゲームを通して自分のチームがどうゲームを運ぶかなども掴めてくるようになりました。

最初はグラボなどの確実に出来ることから意識していくうちに認めてもらえるようになりました。今ではグラボと言ったらmayoだよねって、コーチやチームメイトがよく言ってくれるので嬉しいです。

そこから、チームにDFが少なかったのと、自分がDFでのほうがチームメイトとコミュニケーションをとりながら余裕を持ってプレー出来ることから、今はDFをメインにプレーしています!もちろん、ATをやっていたこともあってダウンボールからチャンスがあれば得点を取りにいきます!

ここで自分がポジションを確立出来るようになったのは本当に大きな前進でした!

語学留学全体の中で、一番印象に残っている楽しかったことは何でしたか?

ごめんなさい!楽しかったことは、留学生活濃すぎて濃すぎて、たっくさんありすぎて、どれだけ考えても選べませんでした!(笑)

ラクロスを通しても、語学学校を通しても、シェアハウス生活を通しても、遊びを通しても、もちろん色々なハプニングもありましたが、全て楽しくて仕方ありませんでした!!!(笑)悩んでる時ですら、ちゃんと向き合うことで、苦には感じなかったし、それが自分の今後にしっかり繋がると思あるものばかりでした。

アサインメントでオール3日続いた後に眉毛がサラサラになくなってしまった時や、3日お風呂に入らずに暑い一晩を車中泊でやりくったウルル弾丸旅の時ですら(過去記事参照)、楽しくて仕方ありませんでした!!

1番楽しかったこと、の答えになってないですね(笑)本当にごめんなさい、でも本当にそうなんです(笑)

語学留学全体の中で、一番印象に残っている大変or辛かったことは何でしたか?

全部楽しいと言った後になんだよと思うかもしれないのですが、辛かった時期ももちろんあって、それがラクロスにおいてです。

自分の中で、始まってからしばらくした時に、何かチームに馴染みきれないと思う時期がありました。言語の壁だったかもしれないし、プレーの壁だったかもしれません。その頃はどうしてかもわからないし、どうしたらいいかもわからなかったので、モヤモヤモヤモヤとしていました。

ローカルチームのような、元から長くあって親しい人達が集う環境(全員ローカルのオーストラリア人)に、たった1人でいきなり入ったことが初めてだったので、どう自分の居場所を確立するかがわからなかったんだと思います。もしそれが日本だったら言語も思うがままに通じるし、人見知りせずに入ればきっとよりスムーズにいくものだった思うので、余計に言語の壁、文化の壁、プレーの壁、色々なものを一気に感じてしまっていました。

ただ、やっぱりこういう時にクヨクヨしていても仕方がないんですね(笑)ひたすら、自分の居場所を確立しようとトライして、アピールしていくしか方法はない!と結論に至り、やっていくうちに泣いて笑って今に至ります。結局こうやって前進していけることが達成感、嬉しい気持ちや楽しい気持ちに繋がりました。

今では、チームにいても居心地が悪いと感じることは一切ないし、皆のことを知れば知るほどチームの皆が大好きです!☺︎

また、ラクロスを通して、このように辛いと思うことはあっても、楽しいと思うことは倍ありました!

今後きっと海外では特に、何か挑戦しようとする限りは、何度もこういう状況が出てくると思います。ここでこういう経験出来たことが、きっとどこかで役に立つと思っています!

語学留学生活が終わった後、どのような道を進む予定ですか?

もともと、ある程度将来の夢があった上で留学しましたが、実際に行動に移すことによってさらに絞りこむことが出来ました。

そのため、来た当時に決めていた道とは違う選択肢を選びました。そして、目標はハッキリしているものの、それに向けて今後またどのような道を選択していくかはまだまだわかりません!行動に移していくことで、自分が知らない新しい道が発見出来ることも留学生活で学ばせてもらったことです。

今後もまだまだ新しいことに挑戦して、何かしらの形で発信していきたいと思います!

10回にわたって、拙いブログではありましたが、読んでくださった皆さん本当にありがとうございました。

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